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太平洋戦争でマレー半島に出征した英軍兵士は、1942年、シンガポール陥落後日本軍の捕虜となり、過酷な使役から多数の死者を生じた。戦後60周年に“生きて虜囚の辱め”を受けた彼らが書き残している体験を伝える。
【主要目次】
1 シンガポール陥落
(1)日本軍の自転車部隊の活躍と制空権の掌握
(2)英軍のシンガポール防衛態勢の不備
2 降伏とチャンギー戦争捕虜収容所
(1)5万人を超える捕虜と抑留者
(2)「マラヤ共産党員」の摘発
3 収容所での生活と使役
(1)収容所の管理と日本軍との関係
(2)「世界を平定するという聖なる使命感」
4 食糧と衛生問題
(1)脚気と赤痢
(2)セレラン事件と悪化する日本軍との関係
5 泰緬鉄道建設工事
(1)「枕木一本、人柱一本」
(2)マラリア、脚気、赤痢、そしてコレラ
(3) 半数が犠牲になったF部隊
(4) 捕虜も同情したアジア人労務者の悲惨
6 その他の外地キャンプでの使役
(1)モルッカ諸島―「海は天皇陛下のものだ」
(2)北ボルネオのサンダカン―ラナウの「死の行進」
(3)台湾のキンカセキ銅鉱山―「マギー、マギー」
(4)タンポイ(マレー半島)のキャンプ―「テイラーの軍律」
7 日本での使役
(1)日本への移送と米軍潜水艦の攻撃
(2)日本人も極度の貧窮生活だった
8 終戦まで
(1)隠しラジオで戦況情報
(2)「ダブル10」事件
9 引揚げと戦後の日本
(1)一日も早く日本人と縁を切りたい
(2)一般市民の好印象
(3)「亡霊を鎮める」ための日本への旅
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